世の精神の影響から身を守る

1995年3月20日朝の通勤時間帯の地下鉄の込み合った車内で、少しシンナーのような匂いがしたそうです。
この危険な毒ガスはあっという間に車内全体に広がり、駅構内にも広がっていきました。
化学兵器テロによって14人の方が亡くなり、6000人以上の人々が被害に遭い、30年以上経った今でもその多くの方々は後遺症に悩まされているそうです。
しかし現在、もっと危険なガスが世界中を漂っています。
そのガスの正体について、聖書はこのように明らかにしています。

「私たちは,世の精神ではなく神の聖なる力を持つようになりました。そのおかげで,神が親切に与えてくださった事柄を知ることができます」。(コリント第一2:12)

聖書の中では「世の精神」といったものが存在することがはっきり示されています。
「精神」という言葉は、ギリシャ語のプネウマから来ています。色々な意味をこの言葉を持っていますが、人間の目に見えない何らかの力が働いていることを示すものを指して用いられています。
人の心から生じたり、何らかの言動へと駆り立てる力の表れと説明されています。

目に見えないそういった力は、どの精神として漂っているでしょうか?
私たちの周りでは、自分勝手で自己主張の強い人が増えてきていました。自分ファーストという言葉が当たり前のようになったのではないでしょうか。
暴力的な人々も増えています。聖書が世の精神と呼んでいる見えない強い影響力を受けている見える証拠と言えるでしょう。
この目に見えない世の精神はどこから来ているのでしょうか?
聖書はその点も明らかにしています。

「皆さんは以前,今の世の体制に従って歩んでいました。人々に影響を及ぼしている空気の支配者に従って歩んでいたのです。その空気つまり精神は,不従順な人たちに行き渡っています」。(エフェソス2:2)

人々に影響を及ぼしている空気に「支配者」がいると述べています。
聖書は、この支配者が悪魔サタンであると明らかにしています。
サタン自身が自分勝手で自己主張が強くエホバに指示に従いたくない、誰にも指示されたくないという考えから、エホバに反逆して自分のしたいことをしてきました。
その精神が空気のように人々に影響を確かに与えているので、それが不従順な人々に行き渡っていると述べられていました。
多くの人々が反抗的な精神を示したり、神のことを考えずに行動しているということを考えてみると、確かにサタンの影響というものが色濃く表れていると言えるでしょう。

そうした点を考えてみるといかがですか?
世の精神の影響から身を守るべきだと強く願うのではないでしょうか。
それで今日は2つの点について、聖書からのアドバイスを考えていきたいと思います。
世の精神の影響から身を守る必要があるのはなぜか?
世の精神の影響からどのように身を守ることができるのか?という2つです。
このことを今考えるのはとても大切ではないでしょうか。毒ガス事件と同様に、私たちの命が懸っているからです。

なぜ身を守る必要があるのでしょうか?
この世の精神は、誰にも指図されず自分中心的な生き方を勧めています。
一見それは格好良いまた自分らしい幸せになるといった印象を与えるのではないでしょうか。
しかし人類の歩みを考えてみると、こうしたサタンの世の影響を受けてどういった結果になったでしょうか?

人類の初めに、皆さんもご存知のようにアダムとエバが創造されました。
そして、エデンの園と言われるところで生活を始めました。
そこは今では考えられないような素晴らしい環境で、永遠に生きる希望があり、病気や危険はなく、食物も豊かで動物たちとも楽しむことができました。
しかしアダムとエバは好きな生き方をして良いわけではありませんでした。
創造者エホバから1つの命令が与えられていました。
それは、園にある1本の木の実だけを食べてはいけないというものでした。
人間にとって何が正しく何が悪いのかを決める権利が神にあり、その権威や権利を表しているものでした。
この実を食べないことは、その神の権威に従っていることの証となっていました。

そういった世界の中である天使が神に反逆し、自分だけでなく人間をも神に反逆させようとする行動を取りました。
最初の女性にその最初の反逆者はどのように近づいたでしょうか?

「蛇は女に言った。『あなたたちは決して死にません。 その木の実を食べた日に,目が開かれ,あなたたちが神のようになって善悪を知るようになることを神は知っているのです」。(創世記3:4,5)

サタンはエバに対して、死ぬようなことはありませんよ。
逆に神のようになって善悪を自分で決めることができるんですよ。
素晴らしいことじゃないですか。好きなように生きられるんですよと唆しました。
この作戦は成功して、最初の人間夫婦は神に反逆する道を歩みました。
この出来事を考えてみると、サタンの精神から身を守らなければならない理由がわかります。

1つは、この世の精神から影響を受けることによって、悲惨な結果をその後経験することになることがわかります。
アダムとエバはサタンの影響を受けて、どんな結果になったでしょうか?
神に反逆し、その結果不完全になり死ぬことになりました。
それだけでなく私たち子孫にも死ぬ不完全さを残しました。これは致死率100パーセントのものです。それから逃れることはできないからです。

もしアダムとエバが神の指示に従って、サタンの影響を受けていないなら、2人は永遠に楽園で生活することができ、その素晴らしい環境の中で子孫と永遠に生きることができたのです。本当の喜びを経験することができました。
しかし、それを全て台無しにしてしまいました。
サタンのその影響力を受けてしまうのならば、悲惨な結果しか待ち受けていないことがよくわかります。

2つ目は、世の精神の影響を受けている人と親しくなって影響を受けているのならば、エホバの友となれないということです。
エホバは初めから、人間の最善をいつも第一に考えてくださっています。
そしてアドバイスを与えてくださり、幸せになって成功するようにといつも思っておられました。
ですから近づいてご自分と親しくなるようにと言っておられます。

しかしサタンやサタンの影響に従っている人々は神に反抗しているので、神の敵と聖書の中で言われています。
そういった世の精神に影響されている人と親しくなるならば、神はそういった人を自分の友とすることはありません。
神と友になり本当の幸せを経験したいと思うのならば、世のサタンの精神を示している人たちから離れなければならないということが分かるのではないでしょうか。

では世の精神の影響からどのように、実際に身を守ることができるでしょうか?
どうすれば空気のように目に見えない精神から私たちは身を守ることができますか。
丁度今の季節に花粉の影響を受けたくないと思うなら、皆さんどうされますか?
その1つはマスクを着用して、ブロックをするということです。
サタンの影響も漂っていますから、それが入らないようにブロックするということです。
では、どのようにすればブロックすることができるのでしょうか?
いわば、マスクの高性能タイプをつけるということです。
フィルターを自分にかけるということです。
ではどのようにかけていくことができるでしょうか?
3つの方法があります。

では、まず世の精神の際立ったものというものは何でしょうか?
それは反抗の精神というものです。それを見極める必要があります。
世の精神に染まっている人たちは、管理したり監督する立場にある人たちを敬おうとはしません。
そういった権威を認めようとしません。
初めにサタンがエホバに反抗した精神の表れと言えるのではないでしょうか。

この反抗の精神をどのようにブロックすることができるのでしょうか?
反対のことを行えばいいだけなのです。
それは神から大切な役目を託されている人たちに敬意を払って従うということです。
エホバは、自分勝手な考えや行動を嫌われます。秩序の神だからです。
そして、物事を秩序を正しく行っていかれる方です。
そのためにリーダーを決めておられます。
どのように決めておられるでしょうか?

「しかし,次のことを知ってほしいと思います。全ての男性の頭はキリストであり,女性の頭は男性であり,キリストの頭は神です」。(コリント第一11:3)

1番トップのリーダーは神です。
そしてイエスがおられて、宇宙全体を愛情深く治めてくださっています。ですから心から敬意を払い、従うことは当然の事と言えるでしょう。
「女性の頭は男性」であるとあります。ですから家庭内では、夫がリーダーシップを取るようにと神は決めておられます。
では何でもしたいことをして許されるのでしょうか?
もしそうするのならば、世の精神を表していることになります。
「男性の頭はキリスト」であるとあります。
ですから男性はキリストに倣って、家族を優しく愛情深く治めなければならないということがわかります。
女性はどうでしょうか?
その命令に従って頑張っている夫に敬意を払って従い支えることによって、このような精神に影響されずにブロックしていることを示すことができるのです。

エホバは長老たちがリーダーシップを取るようにクリスチャン会衆の間では決めておられます。(ヘブライ13:7)
長老たちも、自分たちのしたい自分の基準で物事を行っているわけではありません。
聖書の教えや組織の指針に従って物事をいつも進めています。
ですから進んで従うことによって、世の精神に対抗しているフィルターをかけているということを会衆内でも示すことができます。

さらに敬意を払う別の面としては、エホバは政府にも権威を与えておられます。
法律を守ったり税金を払ったりすることをしっかりと行っていきたいと思います。
そして神の教えに反しない限り、政府の指針に従うようにしましょう。
そうすることによって、世の精神とは逆の精神を表すことができるのです。

世の精神に影響されている人たちは、自分たちのしたいようにする権利があると考えています。
アルコールをどれだけ飲むか、誰とセックスをするか、どんな映画や音楽を楽しむか?それは自分で決めることでしたいようにする権利がある、それは自分らしく生きている証拠だといった考え方で反映しています。
これが目に見えない空気のような精神です。

では、どのようにこの精神をブロックすることができるでしょうか?
何が正しく何が間違っているかに関して、エホバの基準に従うということです。
従うためにはまず何が大切でしょうか?それはエホバの基準を知ることではないでしょうか。
エホバはしっかりとその基準を聖書から教えてくださっています。

「罪深い欲望から出る行いは明らかです。それは,性的不道徳,汚れ,恥知らずな行い,偶像崇拝,心霊術,敵意,争い,嫉妬,激怒,不和,分裂,分派, ねたみ,酩酊,ばか騒ぎなどです。こうした事柄について私はすでに警告しましたが,あらためて警告します。こうした事柄を習慣にする人が神の王国を授けられることはありません」。(ガラテア5:19-21)

このようにしっかりと罪深い欲望の基準を教えてくださっています。
こうした行いは自分でしたいようにして良いものではなく、しっかりと線を引いて、そのエホバの基準に従うことが求められています。
それで神の決められた基準を学び、それに従ってきっぱりと避けていくことにいたしましょう。

しかし今までそのような生活をしてきた人にとって、エホバの基準に従うことは、何か堅苦しい難しいことのように感じるでしょうか?苦しいつまらないものと感じるでしょうか。
確かにそうかもしれません。けれども1つのことを覚えておきたいと思います。

「エホバの命令は正しく,心に喜びが生まれる。エホバのおきては清く,目が開かれる」。(詩編19:8)

神の命令・基準に従うことはつまらないことでしょうか?
「心に喜びが生まれる」と述べられています。
好きなように生きる一時的な喜びではなく、人の内面から湧き分かる真の喜びがあるということを聖書は述べています。
確かにエホバの基準に従うならば、自尊心を保つことができ、精神的な安定や安心感を持つことができます。
そして将来の確かな目標や生きる希望をしっかりと持つことができます。
それは心にも体にも良い影響を与えるのではないでしょうか。
確かにこの基準に従うこと、それは喜びと言えるでしょう。

1つの経験をお伝えお伝えしたいと思います。
スペインの若い証人は、学校で同じクラスの女の子からデートに誘われました。とても可愛い子でしたが、エホバを愛していない子とのデートは危険だとわかっていました。
その頃同級生たちから学年末のパーティーに来るよう圧力をかけられました。行かない理由を聖書から説明すると馬鹿にされました。
会衆の長老に相談すると「兄弟の決定や道徳基準を尊重してくれない子と本当に友達になれると思う?」と尋ねられました。その言葉のおかげで力が湧いてきて、同級生の圧力に耐えることができました。
「本当によかったと思います」と述べています。なぜでしょうか?
そのパーティーで1人の女の子がレイプされました。その晩、同級生3人が車の事故で重傷を負いました。運転していた子がお酒を飲んでいたのです。パーティーに行っていたら、その車に乗っていたかもしれません。
「エホバに感謝しています。圧力に負けずに従えるよう強めてくださったからです」と述べています。

好きなように生きることは、一時的な喜びを与えるかもしれません。
しかしこのように後に残るのは辛い経験ではないでしょうか。
反対にエホバの基準に従ったその時は難しく感じたかもしれませんが、
従ってよかったと心から感じます。是非、その基準に従うようにしましょう。

サタンは、富や名声などが幸福のバロメーターだという考えをこの社会に浸透させるため、人間の見る能力を悪用しています。
皆さんもこんな経験をしたことはないでしょうか。お店を見ていて、なんかいいなと見ていると、そこだけをずっと見ていて、そしてだんだんと欲しいなと思ってきたことはないでしょうか。
その魅力を感じさせて求めたくなるという、見ることから生じる欲望です。
サタンはその欲望を煽って、私たちの考えや行動を欲望で満たし続けたいと思っています。
そうすることによって、神に仕えることの関心が心の中思いの中から出ていくようにしようとしています。

ではこの精神をブロックすることがどのようにできるでしょうか?
反対の事柄を行うことです。
生活をシンプルにして、神が望むことを行うということです。
興味深いことに聖書は、この見るという機能を正しく使うことによってブロックができると教えてくださっています。

「目は体にとって明かりです。もし目の焦点が合っていれば,体全体が明るいでしょう」。(マタイ6:22)

「目の焦点が合っていれば」とあるギリシャ語の基本的な意味は、1つのことに集中1つの目的に専心しているという考えが伝えられています。
1つのことに集中して、周りの雑音が入りにくくなる機能を使うということです。
では、何に集中すると良いのでしょうか?

「ですから,王国と神から見て正しいこととをいつも第一にしなさい。そうすれば,こうしたほかのもの全ても,あなたたちに与えられます」。(マタイ6:33)

神の王国に焦点を当てなさいとアドバイスを与えています。
そうすると自分の全てを集中するので、
サタンのどんな誘惑も目には入れなくなってくるのではないでしょうか。

しかし今の時代、その1つの事柄に焦点を合わせていても、生活することが難しくなるのではと思われるかもしれません。
しかし聖句の後半で、生きる上で必要なものを与えると約束してくださっています。
大勢の兄弟姉妹たちは、エホバのこの保証の言葉を実感してきました。
その王国の事柄に集中することによって、若い時から開拓奉仕を始め、必要な大きな所で奉仕された方や建設奉仕に携わってこられた方もいるでしょう。
そのように王国の業に集中して生活をシンプルにして自分の時間や資産を費やして振り返ってみるとどうですか。
確かに経済的な問題や様々な難しい状況を経験してこられたかもしれません。しかしその度に必要なものが必要な分だけ必要な時に与えられてきたのではないでしょうか。
エホバは確かに、王国に焦点を合わせ続けるのならば必ず支えてくださるということを保証してくださっています。
それでお金や物を手に入れることを最優先にしないで、生活をシンプルにして、エホバの望んでおられることに焦点を当てていきましょう。

世の精神をブロックするため、神から大切な役目を託されている人たちに敬意を払うこと。何が正しくて何が間違っているかに関するエホバの基準に従うこと。生活をシンプルにして神が望むことを行うことを学びました。
しかし、それだけではありません。

「次のことを勧めます。聖なる力に導かれて歩んでください。そうすれば,罪深い欲望のままに行動することは決してありません」。(ガラテア5:16)

神の聖なる力に導かれるならば、罪深い欲望のままに行動することはないということですね。
それで是非とも聖なる力を求めて、そして導かれて生活するようにしましょう。
様々な誘惑を経験して少し落ち込んでまた視点がずれてしまったかもしません。
すぐにそれを感じ取り、正しい事柄を行えるようにそこに思いを向けられるようにと、エホバに聖なる力を祈り求めるなら、エホバはどうされるでしょうか?
聖書を通して神の聖なる力は、正しく考え行動できるようアドバイスを与えてくれます。
ですから、祈ることを忘れないようにしましょう。
そして神の聖なる力に導かれて、何が正しいか何が悪いかをしっかりと理解できるようにしていきましょう。

何がもう1つできるでしょうか?
それは、蔓延している世の精神から離れるよう努力することです。
この世の影響を受けている人と仲良くなるならば、その影響を受けやすいものです。
それでどんな人を友達とするのか?どんなエンターテイメントを楽しむのか?
そういった事柄をよく自己吟味していくことにしましょう。その点で改善が必要ならば、改善を図るようにしましょう。
こういった事柄を行っていくのならば、よりフィルターを強めていくことができるでしょう。

サタンの精神はこの世界に蔓延しています。私たちに影響を与えています。
その影響によって人間に幸福を与えていないことは明らかです。
それでこの毒ガスのような精神を私たちはこれからも避けていきたいと思います。
そのように世の精神を避けて、神の聖なる力に導かれ続けるならば、今でも幸福感を味わうことができます。
さらに将来は、完全な幸福を経験することができるのではないでしょうか。
そういった事を考えてみると、今この世界に蔓延しているサタンの世の精神から自分を守らないといけないことがはっきりとわかってきます。
ではこれからもエホバから保護していただけるように、努力を払っていくことにいたしましょう。