温かい家庭を築くために

聖書によると「終わりの時代」に人々は「自然な愛情を持たず」とあります。(テモテ第二3:3)「自然な愛情」という言葉の元のギリシャ語アストルゴスは、家族の間にあるはずの愛が欠けていることを示唆します。

今はまさにその言葉の意味通り、多くの家族がバラバラになってしまっています。家族問題を扱うカウンセラーはこう述べています。「父親と母親と子どもたちのつながりはすっかり失われてしまった。その代わり、それぞれがパソコンやスマートフォンやゲームとつながるようになっている。こうした家族は、同じ屋根の下で暮らしてはいても、お互いのことをほとんど知らない」。

もっとひどい状況も見られます。英国の家庭内暴力被害者支援団体で働いてる女性はこう述べています。「ある女性が入ってきたのですが、ひどく殴打されて変わり果てた姿になっていたため、以前に会った人とは思えませんでした。他の女性たちの中には、心に深い傷を負ったために、うつむいたまま顔を上げようとしない人もいます」。

アフリカのある国で行われた調査によると、女性のほぼ3分の1が子どもの頃に性的虐待を受けたことがあって、男性の3分の1が自分の妻なら殴っても構わないと考えているということです。

聖書は、これほどまでに家庭内で無関心とか暴力で傷つけたり「自然の情愛」を持たないこの時代のことを終わりの時代と呼んでいます。

人は誰しも幸せになりたいと思ってるはずです。温かい家庭を築くことは本当に可能なのでしょうか?

「私エホバは,あなたの神である。あなたのためになる生き方を教え,あなたを導いて正しい道を歩ませる」。(イザヤ48:17)

神エホバは家族の幸せを願っておられて、そのためのアドバイスを与えてくださるので大丈夫だということになります。

そもそも多くの家庭でその愛が冷めてしまっている原因は何なのでしょうか?

多くの人は、自分のやりたいようにすれば自分さえよければ幸せになれると考えています。自分のことしか考えていないことが問題の原因です。

家族のそれぞれの成員で家の土台を作ったとします。それぞれが好きな素材、形、大きさでそれを敷き詰めたところに家を建てていったとします。きっと災害に耐えられないでしょう。

実際の家の基礎に使われる砂利の大きさは大体3センチ前後とされています。1番それが強度が出る大きさとされています。大きい石で基礎を作れば頑丈そうに見えますが、実はそうではないのです。

幸せの土台を築くにはバラバラであってはうまく成り立たないということです。

では、その一致の土台となる素材はなんでしょうか?

「これら全てに加えて,愛を身に着けましょう。愛は完全な絆なのです」。(コロサイ3:16)

この「絆」を意味する言葉は、人の体の「靱帯」を指すことがある言葉です。

靱帯はロープのように強くて、2つの重要な機能を果たすと言われています。臓器をある位置べきに保つことと骨と骨をしっかりくっ付ける役割があります。

愛もそれとよく似ています。家族を結び合わせて、あるべき位置に保つ役割があるということです。

その愛というものはどういうものなのかを聖書は説明しています。

「愛は辛抱強く,親切です。愛は嫉妬しません。愛は自慢せず,思い上がらず, 下品な振る舞いをせず,自分のことばかり考えず,いら立ちません。愛は傷つけられても根に持ちません。愛は不正を喜ばないで,真実を喜びます。愛は全てのことに耐え,全てのことを信じ,全てのことを希望し,全てのことを忍耐します」。(コリント第一13:4-7)

愛は、気持ちや心の中の状態のように理解されがちですけども、身に着け行動に表れるものだということを理解することができます。

具体的に夫はどのようにこの愛を行動で示すことができるでしょうか?

「夫の皆さん,妻を愛し続けてください。ひどく怒ってはなりません…父親の皆さん,子供をいらいらさせて気落ちさせることがないようにしてください」。(コロサイ3:19,21)

仮にですけども、妻が何か間違いをした場合、傷つけるようなことを言ったり、暴力で罰を与えることがあってよいでしょうか。

自分も間違いを犯しているということ、むしろそっちの方が多いことを思いに留めておくことが必要でしょう。いつも妻に優しく接することが大切だということです。妻を守り気遣います。

子供をイライラさせて気落ちさせることがないようにともありました。これは家族を大切にするようにということを意味しています。家族の中でも外でも、家族を大切にしていることを行動で示すことができます。

妻や子どもが何を必要としているか?今何に関心があるのか?よく観察するようにします。

食べるものとか着てるものに気をかけて、仕事で疲れていたとしても話をよく聞いて気持ちを理解するように努力することができます。

では、妻は愛をどのように行動で示すことができるでしょうか?

「妻の皆さん,夫に従ってください。それは主に従う人にふさわしいことです」。(コロサイ3:18)

家族思いの妻は、夫に従って支えることができます。これは決して女性が劣っていると言っているのではありません。

家族を車の運転に例えることがよくあるかもしれません。夫がハンドルを握って大体のルートを決めます。妻はその運転をサポートすることができます。

もし仮に妻が助手席で自分用のハンドルを設置してしまったらどうなるでしょうか。ニュースになってしまいますね。

妻が夫に対してまたその決定に対して深い敬意を示し、時々ルートを間違ってしまう夫の失敗を見逃すことによって、一致した楽しい家庭を築くのに貢献できるということです。

夫のやり方にイライラすることも多々あるかもしれませんが、家族のために辛抱して働いてくれている妻の皆さんにお礼を述べたいと思います。

後部座席に座ってる子どもたちも協力できますか?

「子供の皆さん,いつも親に従ってください。そうすれば,主にとても喜ばれます」。(コロサイ3:20)

車の走行中に窓を開けて顔や手を出さないでね。そのお菓子ボロボロ溢さないでね。

これはあなたを守るために言っています。後でその掃除をするのは誰ですか。車の掃除、結構大変なんです。

親の言うことをよく聞いて従うならば、そのドライブは快適なものになります。そして家庭は楽しくて温かい場所になる。そのことに子供も貢献できます。

今の時代この愛だけではどうしても乗り越えることができない問題とか状況も確かにあります。

そのような家族の問題上位4つを扱っていきたいと思います。

①家族の中に聖書の教えを受け入れるとそうでない人がいる場合

夫が聖書の教えを受け入れてない場合について考えていきます。妻はどのように夫に接することができるでしょうか?

「同じように,妻の皆さん,夫に従ってください。そうすれば,神の言葉に従順でない夫であっても,言葉ではなく妻の振る舞いによって,引き寄せられるでしょう。 皆さんの深い敬意がこもった清い振る舞いを見るからです」。(ペテロ第一3:1,2)

ここで聖書を学んでいない夫に対しても従順な態度を保つように述べられています。

妻が夫に従い良い行状を示すならば、そのような立派な振る舞いは何でなんだろうと考えるようになります。その結果、妻を信じてることを調べてみようという気持ちになって、やがてはその真理を受け入れてくれるかもしれないということですね。

とはいえどんなに頑張っても夫が好意的に答えてくれない、むしろ反対したり邪魔したりする場合があります。

配偶者から辛辣な態度を取られ、やり返したくなるようなこともあるでしょう。

コリント第一13章4節に「愛は辛抱強」いとありました。どれほど辛くても、クリスチャンの特質を示す必要があるということです。

「何をしていても,人のためではなくエホバのためにするように,自分の全てを尽くして行いましょう。 皆さんは,報いとしてエホバから財産を受けることを知っています」。(コロサイ3:23,24)

大変な中で家族の平和を守ろうとする努力をエホバが後押ししてくれるということを覚えておきましょう。

②子供がなかなか言うことを聞かなかったり反抗する場合

旅行で熱帯の島から北極圏に入ったとしましょう。飛行機を降りるとそこはもう極寒です。対応できるでしょうか。大丈夫ですが、いくらかの調整は必要かもしれません。

子供が思春期に入る時に親が直面する状況もそれに似ています。気候が変わってしまうということですね。

いつもあなたにまとわりついていた男の子は、今では友達といることを好みます。遭ったことを話したくてウズウズしてる女の子は、素っ気ない返事しかしません。もう親は部外者になってしまったのでしょうか?

思春期に入るとホルモンの大きな変化を経験し、考え方にも影響を及ぼします。

小さい時は言いつけを素直に守って、なぜ?という問いにはお母さんがそう言ったでしょというだけで良かったかもしれません。

しかし思春期の子供は納得のいく理由を求めて、家族が指針とする価値基準、ルールを疑問視することがあり、その態度は親の目に反抗と映ることがあります。

とはいえ子供が親の価値基準を覆そうとしていると早合点する必要はありません。親の持つ価値基準を自分のものとして今後の人生の指針として模索しているだけなのかもしれません。

引っ越しの家具を持っていく場合、新しい家の間取りで家具を置ける場所を見つけるのはスムーズにいかないかもしれません。だからといって、その大切にしている家具をすぐにし捨ててしまうでしょうか。

思春期の子どもも同じような状況にあります。父と母を離れる時に向けて準備を進めているということです。その日はまだ先で、お子さんはまだ大人ではありません。それでもある意味で引っ越しの荷造りは始めています。

今まで親に教えてもらったそのルールを基にして、大人になった時どれを持っていくのかを考えているということです。

ですからそのような時こそ、話しやすい雰囲気を保ち話してくれたならば、その話をよく聞いて一緒にじっくり考えることが必要です。

見放したりせずに、じっくりしっかり子供と向き合う必要があるということです。

「それで,諦めずに立派なことを行い続けましょう。諦めないなら,やがて刈り取ることになります」。(ガラテア6:9)

③貶すことや言い合うことが習慣になっている場合

意見が合わなくて言い合いになってしまうということですね。環境の違う生活をしてきた人それぞれが一緒になるわけですから、意見が合わないというのは当然あることですけども、解決方法はあります。

「それで,皆さんは神に選ばれ,神に愛される聖なる人たちですから,温かい思いやり,親切,謙遜さ,温和,辛抱強さを身に着けましょう」。(コロサイ3:12)

イエスはこの結婚関係をくびきになぞらえました。イエスの時代の軛は、2種類の動物を繋ぎ合わせて働かせるために使われた木の横棒でした。

2人が協力しなければ仕事ははかどらず、逆に自身が軛で傷ついてしまうかもしれません。けれども力を合わせれば、重い荷を引っ張ったり、畑を犂返したりすることができました。

同様に夫婦が意見の合わないままでいるならば、結婚のくびきのもとで痛みを経験することが避けられません。

聖書のアドバイスを学んで、それに基づいてチームとして協力するなら、それは時間がかかることかもしれませんが、問題を解決して多くのことを成し遂げることができるということです。

④夫婦の信頼関係が壊れても修復の道はある

弁護士監修の離婚原因ランキング男性3位女性5位に挙げられているのが異性関係でした。この問題は修復するのは決して優しいことではありませんが、乗り越えられます。

ステーブは、妻のジョディが姦淫を犯すなんて夢にも思いませんでした。許すことがどれほど難しかったか、言葉では言い表せません。ジョディがスティーブに信頼してもらえなくなったのも当然です。自分がどれほど悔やんでいるか、分かってもらうまでに何年もかかりました。

聖書の中では、離婚するかどうかを決める権利は、姦淫を犯した人の配偶者にあるとされています。

スティーブはどちらを選択したでしょうか?

夫婦関係を再び良いものにしようと決意して、離婚しないことにしました。しかしただ一緒に生活し続けるだけでは駄目なことに気づきました。

2人がしなければならないことは何ですか?

1つ目が互いに正直に話すということです。

初めのうちは夫婦双方があまりにも動揺していて、その出来事について話し合うことなどできないかもしれません。しかしいずれは何があったのかについて包み隠さずに話さなければなりません。事細かに話さなければならないとしても、話自体を避けることは賢明なことではありません。

では話し合う際に、緊張をどうすれば緩和させることができるでしょうか?

話し合う目的は罰することではなくて、その悲劇から学んで夫婦関係を強めること。

それぞれの問題点が見抜けたならば、変化を遂げることは可能だということです。夫婦関係は徐々に強さを回復していくことができます。

2番目は協力し合うということです。

夫は会社の同僚に妻は友達にと、それぞれで対処しようとするならばより多くの問題を招きかねません。

互いをパートナーなんだと改めて考える必要があるということです。共に信頼を回復するために協力し合う必要があるということが理解できます。

3つ目はこれまでの習慣を改めるということです。

言うまでもなく姦淫の相手との接触を断つ必要があります。

他の男性の話になりますが、相手の女性とは2度と連絡を取らないようにするため、勤務予定とか携帯電話の番号を変更しました。それでも接触を全て断つことができなかったので、その会社を辞め、自分の携帯電話を処分し、妻の携帯電話だけを使うようにしたということです。

様々な方法ありますが、そのような方法を取った人もいます。

関係が危機に瀕してから20年経ちスティーブは、回復できたことを要約してこのように述べました。「夫婦関係が特に著しく好転したのは、エホバの証人との聖書研究を始めてからのことでした。おかげで2人ともあの辛い時期を乗り切ることができました」。ジョディは「夫婦としてあの悲惨な時を耐え抜くことができて、私は豊かに祝福されたと思っています。2人で一緒に聖書研究をし、懸命に努力し今までの習慣を改めた結果、今では関係が素晴らしく良いものになっている」ということです。

あなたは結婚した時に誓いました。配偶者から離れず、問題が生じたら解決するという決意を示す生涯にわたる誓約です。

世の中は、この結婚の誓いを足枷のように思っています。そうではなく、結婚を安定させる錨のように見なす必要があります。

結婚生活で問題を抱えたならば、結婚は間違えていたかなと後悔するよりも逆に結婚の誓いを守る決意を強めるべき時です。

では、どうすれば良いでしょうか?

一緒に仲良くやっていきたいと思っていることを、家族一丸となって言葉とか行動で表すということです。

そのような努力は、家族の絆を強めるものとなります。

何ヶ月、何年、何十年先の一緒に過ごしている姿をイメージしてみましょう。その時、連れ添っていないなどとは決して考えないようにしてください。このような展開は安心感となって、その結婚生活は安定したものとなっていきます。

1人の女性はこう語っています。

「たとえ主人のことでとても腹が立ち、2人の間に起きている問題で逆上しても、結婚生活が破綻するのではないかとは思いません。心配なのは、2人の関係がどのようにして元通りになるかということです。元通りになることには何の疑いもありません。ただ腹が立っている時はどのようにしていいかわからないだけなのです」。

あなた1人夫婦2人だけで乗り越える必要はありません。

「行うことは何でもエホバに委ねよ。そうすれば,計画は成功する」。(格言の書16:3)

現実に目を向けつつ、問題をエホバに委ねるのです。聖書を学び、それを実践する。

その頑張りをエホバが後押ししてくれるのです。問題は乗り越えられるのです。

関係を悪いものにする要因は多々あるかもしれませんが、温かい家庭を築くための努力をこれからも続けてまいりましょう。