私たちは平和な生活を今、そして永久に楽しむことができるでしょうか?
確かにそれはできます。そのためにはいくつかの条件があるでしょう。その条件とは何でしょうか?
その点を今日の話の中で学ぶことができるでしょう。
今世界を見ますと、本当に喜びのない生活をしているという人、またそうせざるを得ない人が多くなっていると言えるのではないでしょうか。
耐えがたい状況や不安や恐れのために喜びのない生活をしている人が多くなってるようです。
例えば戦争とか政情不安で荒廃してしまうところに住んでいると、喜びのない生活になってしまうのではないでしょうか。
また発展途上国などでは経済問題がまずあります。失業食糧不足といった心配もあるのではないでしょうか。
逆に豊かな国ですと犯罪とか薬物問題、暴力そして失業の問題もやっぱりあります。ホームレスも増えているようですね。
日本などでも本当に凶悪な犯罪が増えていて、闇バイトなどの問題が社会問題となっているのではないでしょうか。
去年の12月の上旬に北九州で塾帰りの中学生が殺傷されるという事件があり、今年の1月、長野駅で通り魔による殺傷事件がありました。凶悪な問題です。
またテロなんかが起きる場合、また起きるんじゃないかということで緊張した状況になってしまい、喜びのない生活になってしまう原因になります。
理不尽な事件というのもあります。
例えばアメリカのオレゴン州などで、朝日を見ながら気分よく散歩していた2人が
1人の男性に殺害されるという事件がありました。
加害者の言い分では、ただ人を殺してみたかった、そういうことをすると自分がどういう自分になるか知りたかったという理由だそうです。
環境の汚染もあります。それから感染症ですね。
私たちも経験したのではないでしょうか。今も収束していません。
2020年2月に始まった新型コロナウイルス感染症は、5年間で約7億人感染し、
700万人以上の方が亡くなったと言われています。
そういう問題どんどん出てきますので、病名がわかっていない非常に難しい病気で苦しんでいる人も多いのではないでしょうか。
何でこんなに問題が多いのでしょうか?
この地から平和と安全が取り去られている理由はなぜなのでしょうか?
「すると,別の,火のような色の馬が現れた。それに乗っている者は,地上から平和を取り去って,人々に無残な殺し合いをさせることを許された…
見ていると,黒い馬が現れた。それに乗っている者は,はかりを持っていた。
そして私は,4つの生き物の真ん中から出たような声がこう言うのを聞いた。「小麦1リットルは1デナリ,大麦3リットルは1デナリ。オリーブ油とぶどう酒を無駄に使ってはならない」。
…見ていると,青白い馬が現れた。それに乗っている者は「死」という名を持ち,墓がすぐ後に従っていた」。(啓示の書6:4-8)
この火のような馬というのは戦争を表しています。
1914年以来、第1次第2次大戦があったのではないでしょうか。
現在もロシアとウクライナの戦争がまだ続いている状況ですね。
黒い馬は飢饉を表しているものです。
今はインフレ物価高が大変ですけれども、「1デナリ」というのは古代の1日の稼ぎのこと言ってるようです。
「小麦1リットル」というのは、これは男性が1日に消費する量だそうです。
1人で生活するのであればいいでしょうが4人5人家族だったらどうでしょうか?
1人分がしか1日の稼ぎで得られないので、もうあと食べるものがないことになってしまうのではないでしょうか。
そういう時代ですから、確かに食糧不足ですね。
青白い馬はは感染症のことを表しています。
1918年にはスペイン風邪がありました。大変悪質なインフルエンザで、多くの方が亡くなったと言われてます。
そして5年前の新型コロナ感染症もこの預言の成就となっています。死者も相当出ています。
このように次々と災いが起きるのはなぜなのでしょうか?
1914年に天で戦争があって、サタンと邪悪な天使たちが地のそばに投げ落とされ、彼らは自分の時の短いことを知ってるので、盛んに災いを起こしている。
だから今、世界中で問題が多いという状況になっているのではないでしょうか。
もう1つ原因があります。
サタンと邪悪な天使たちの影響を受けた人間の支配者の悪い支配、そういったものが今の混乱の原因になっているということができます。
では有能な政治家がこれから出て、こういった問題が解決されるのでしょうか?
「権力者にも人の子にも頼ってはならない。その人たちには救う力がない」。(詩編146:3)
ですからそういう人が仮に出たとしてもうまくいかないということです。
ではもう希望はないのでしょうか?
「ヤコブの神に助けを求める人は幸せだ。その人の希望の源は神エホバにある」。(詩編146:5)
「希望の源は神エホバにある」と述べられていますから、真のクリスチャンにだけ希望があるということになるのではないでしょうか。
今の本当に難しい問題の多い世の中で、真のクリスチャンはある程度平和なそして幸福な生活を送ることができているのではないでしょうか。
真のクリスチャンはなぜ平和な生活をしていくことができるのでしょうか?
「神は無秩序の神ではなく,平和の神だからです」。(コリント第一14:33)
「平和の神」の僕たちは平和に生活できるのではないでしょうか。
「エホバはご自分の民に力を与える。エホバはその民に平和を与えて祝福する」。(詩編29:11)
ご自分の民に力を与え平和を与えて祝福すると述べられています。
ですから確かに真のクリスチャンは平和な生活をすることができるという確信が持てるのではないでしょうか。
確かに世界中でエホバの証人は平和と一致のうちに生活しています。ですから一致して生活していると、非常に混乱した世の中にあって目立つわけです。
そういった状況を見て、エホバの証人でない人たちの中には惹きつけられるという方も少なくないようです。
エルゼという方はドイツの修道院の修道女でしたけれども、エホバの証人の生活態度に惹きつけられた1人でした。
エホバの証人は戦争に行かないで、人を傷つけない。また神の王国の下、楽園で人々が平和で幸福な生活をするよう助けたいと思ってる。そういうことが惹きつけられた理由だということです。
エホバの証人はごく限られた地方だけではなくて、全世界で平和と一致のうちに生活しているのではないでしょうか。
現代のイスラエルはアラブ人とユダヤ人の方々が奉仕してる国です。今ちょっと停戦中ですけど、元々は政情不安で緊張してる国です。そういう中にあっても、エホバの証人の兄弟姉妹はお互いに愛を示し合って平和に生活しているという状況です。
ルワンダでは以前にツチ族とフツ族の紛争がありました。大虐殺が行われた時も、ツチ族とフツ族のエホバの証人は平和のうちに生活していました。
東ヨーロッパはどうでしょうか?20世紀の後半に民族紛争があった所です。その中でもエホバの証人の兄弟姉妹は紛争に巻き込まれないで、平和のうちに生活していたということになります。
アイルランドは、プロテスタント信者とカトリック信者が憎み合っている所ですが、それぞれの信者がエホバの証人になると、その憎しみを克服して、仲良く平和のうちに生活するようになるということです。
夏になるとエホバの証人は、良い準備のもとに全世界で地区大会を行います。
そういう大会では警備員がいらないと言われています。
昔エホバの証人の大会に警備員として配属されたことのある警察官は、平和のうちにスムーズに大会を行っているので眠くなるのを我慢するのが難しかったということです。
多くの何万という方が本当にこの難しい世の中で、幸福で平和な生活をするにはどうしたら良いかということをこの大会で学ぶことができてるということは、本当にこれは素晴らしいことではないでしょうか。
今、全世界全ての方に平和な生活をするための機会が開かれてるという状況です。
どうすればそういう平和な生活を自分のものにすることができるのでしょうか?
「永遠の命を得るには,唯一の真の神であるあなたと,あなたが遣わされたイエス・キリストのことを知る必要があります」。(ヨハネ17:3)
ですから真の神を知って、命令を守って神との良い関係を培うことが必要です。
さらにどんなことが必要でしょうか?
「豊かな平和はあなたの律法を愛する人たちのもの。その人たちはどんなものにもつまずかない」。(詩編119:165)
律法を愛する人たちとはどんな人たちでしょうか?真のクリスチャンですよね。そういう真のクリスチャンと交わる必要があるということです。
そして平和を積極的に求めることは、世が提供するどんなものよりも幸福になるのに資するようになるでしょう。
幸福になると言っても世の中の人の言ってる幸福とはちょっと違います。
世の人の基準に基づく幸福の根底にあるのは、貪欲とか利己心とか地的な知恵に基づくものなので、私たちは神の知恵に基づいて生活を形作っていく必要があります。神の知恵は平和を生み出すものであるからです。
真のクリスチャンの場合は神からの知恵を得ていますので、今まで歴史的に人類が色んな問題に悩んできましたけれども、そういう悩みとか問題をいたずらに思い煩わないで済んでいます。
では、さらにどんなことが平和な生活をするために必要なのでしょうか。
「ですから,王国と神から見て正しいこととをいつも第一にしなさい。そうすれば,こうしたほかのもの全ても,あなたたちに与えられます」。(マタイ6:33)
神の導きをまず第一に求めることが平和な生活をするためには必要だということになります。
積極的に平和を求め続けそれを途中で諦めてしまわないようにしたいですね。
全ての人に対して平和を求め、平和な生活を保っていくために、神との良い関係を保っていく必要があるでしょう。
命令をよく守って定期的に祈りをして、エホバとの意思の疎通を常に良くしておく必要があるのではないでしょうか。
この平和な生活は今、一時的なものにとどまることではないでしょう。
なぜそう言えるのでしょうか?
「ほんのもう少しすれば悪人はいなくなる。彼らがいた場所を見ても,もういない。しかし,温厚な人は地上に住み続け,豊かな平和をこの上なく喜ぶ」。(詩編37:10,11)
この平和な生活というのは、一時的なものではなくて永遠に続くものだということになるのではないでしょうか。
平和の神が提供してくださるそういう平和を愛する人は将来、壮大な希望を自分のものとすることができるでしょう。
それはどんな希望でしょうか?
「神は人々の目から全ての涙を拭い去ります。もはや死はなくなり,悲しみも嘆きも苦痛もなくなります。以前のものは過ぎ去ったのです」。(啓示の書21:4)
死はなくなって、そして嘆きも苦痛もなくなると書いてあります。これ以上の希望があるでしょうか。
皆さんはご自分が楽園にいるところを想像できるでしょうか?
例えば、朝起きると爽やかで清々しい感じです。もうやる気が溢れています。
もう病気はどこかに吹っ飛んでしまいました。視力、聴力、嗅覚、味覚、触覚、全て完璧です。仕事は楽しく、友達も沢山います。もう心配事は何にもありません。
そのようになるわけですね。
そのように、今そして永久に平和という神の祝福にあずかるために、私たちはなすべきことを今すぐ行うようにいたしましょう。